今朝、3年程実家で飼っていた金魚(フナ?)が死んでいた。
2センチ程が、数年の間に、15センチ程には大きくなっていただろうか。
甥っ子が祭りの金魚すくいでもらってきた2匹のうちの1匹で、白と紅の紅(というか、朱色というべきか。)のほうで、甥っ子からするとばあさん、私の母親が世話しておったのだ。
私は、日々何とはなしに眺めていた。
特別の感情があった訳では無いと思っていたのに、今朝横になり水槽の底に沈んで死んでいた朱の傍らに寄り添う白の姿を見て突如として切なくなった。(全く私なぞは、いい加減な存在だ。)
そしてまた、白のほう(こいつは20センチ程)も血が滲んでいるような赤い斑点を昨日辺りから出しておるので、そう長くはないだろう。
営業初日の今日、遊びに来てくれた友達が、つい先日、突然、お母様を亡くしたことを私に告げた。
メメント・モリ(死を想え)という言葉を知ったのは、20代前半、柄谷行人か藤原新也、或いは他の誰であったか?(思い出せない)の、著作による本からであった。
そのときは、ふむふむ、と、分かった気で気取っていたが、その後すぐに、何も分かっちゃあいないことに気付いた。
そして、たった今日1日という日で、ちょっとだけ分かった気がした。
同時に、ネイティヴアメリカンの「死ぬには良い日だ。」という言葉を思い出す。
死を想え!
そして、その日まで生きよ!