13年前わたしは少額の義援金を寄付するほか何もできず、今回も少額の寄付以外何もできていない。
13年前友人は仕事の合間を縫って三陸へボランティアに向かったし、今治に戻ってから知り合った福島出身の友人は地元の人たちを元気づけるための活動を行った。
当時、原発事故の影響を気にした幼い子供のいる友人の母親へ同じく幼い子を持つ母である今治の友人は、いつでもこっちへ逃げておいでと言った。
わたしは、数年前に知り合った輪島にいる知人に、無事でいるか、何かできることはないかと連絡することさえできない。
情けない話だ。
だがしかし、少しであってもわたしにできることはないかということはいつも考えていたいと思う。
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