古もの家具や器、小物などを扱う古道具屋です。近況、最新情報をお知らせします。


by onsa-brother

カテゴリ:・雑記( 198 )

無題

グレゴリー・ベイトソンに憧れ、
行きたかったナロパ・インスティテュートを想っていた
20代の頃、
ダブルバインドに頭がくらくらしていた。
深夜の図書館に潜む自身の姿をも思い描き、
同時にぴりぴりともしていて、
桜の今頃、孕んだ猫をいじり倒す酔っ払いサラリーマン5人ほどの
グループに無性に腹が立って、絡んでいったらぼっこぼこ、
空いた酒瓶で頭をかち割られ、
血染めとなったフードのミリタリーコートを着たまま、
3日間を自室のベッドの上で過ごした。
そういった気狂いの時間はもう、おそらくは訪れないのだろう。
とち狂った季節、ぼくのシーズン。







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by onsa-brother | 2017-04-10 22:33 | ・雑記

無題

ロイド・ロブソンの「カーディフカット」を聴きながら、
場のことを考えている。
誰かが、「欲ばり過ぎました、えべっさんがすねております、だからこれらはお返しします、
それぞれにはそれぞれの、居るべき場所がある気がするのです。」と言った。
「くくくくくく、くっきぃ。」、わたしは吃音を信じる。
そして巻き舌も。
其処と其処を訪れたひとの組み合わせによっては、
聴かせられる音楽と聴かせられない音楽がある。
アクリル板に銀箔、これも然り。
眼鏡をかけたからといって全てが見える訳ではないし、
だからといって、外していては図像は何重にもぼやけるのみだ。
「やっく、やっくっ。」
深夜の室内で聴く風と雨の音は、結構つらい。
もっともふさわしい都市は!!
ガガーリンの美学によるもっとも美しい家。
エッジと周辺、そして内部。
止んだら止んだで静寂が訪れるので、これも結構つらい。
「やっく、やっくっ。」
「わぁっ、せぇ。」
場所は探さない、辿り着き、其処に馴染む、
或いは馴染まない。
移動手段を考える。
それは、鉛筆なのか、ボールペンか、サインペンか、万年筆か、
消しゴムは要るのか、カートリッジ式のロットリングを再び手に持つか。
カーナビよりは地図のほうがよい気がして、更にはスマホのほうが。
方位磁石は必携、日が暮れ闇が訪れたときに役立つから。
みず、がす、こーひーまめ、ぱーこれーたー、
そして、
くくくく、くっきぃ。







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by onsa-brother | 2017-04-07 04:12 | ・雑記

再会

昨日の美過疎市にお運び頂いた方々に御礼申し上げます、有難うございました。

昨日の行商では、夢にまで見るじり貧からの脱却、とはならず、
夢のまた夢ということが白日の下に晒される結果となりました。

ですが、そんなことはどうでもよい位によかったのは、
市が終わって、会場のすぐ裏にある玉川近代美術館に、近いにも関わらず初めて、
所蔵品の、ことのほか見ごたえのあったこと。

そしてもうひとつ、
市の終わり頃、お客さんとして訪れた方が高校のサッカー部OBで、私より5つ年上で、
在学中のOB戦でおそらくは2度程しか会っていないであろう人との、30年以上ぶりの再会があったこと。

なぜ、数度、しかもOB戦というごく限られた短い時間でしか交流していない人物との再会が
確かであると判明したかといえば、そのひとの語り口調、声のトーンが私の記憶に印象として
残っておって、
そしてもうひとつは、もう6、7年も前になるだろうか、その当時、PCに向かっての図面作成の
仕事の合間に息抜きで観ていた村上龍のRVR「龍言飛語」に、
サッカーが主題の回に対談していた人物の話し方が記憶に残るそのOBに似ていたことが、
消えてしまうであろう記憶をかろうじて留めおいていたのだ。

だから昨日、瞬間記憶の回路が突然つながって、最初は分からなかったそのひとに、
「失礼ですが、○○さんではないでしょうか?」と問いかけたものだ。
「そうだが、なぜ?」という彼に対して「高校のサッカー部の後輩です。」と。
今は東京に住むという彼に、なにか引っかかるものがあり、「何度も失礼ですが、お仕事は?」
と訊くと、
「カメラマンですが。」
世界のサッカーなどを取材するフォト・ジャーナリスト、もう言わずもがなだ。

同行していた奥さんからは、出店していた多くの名だたる業者の中で一番実力のない、
且ついけてない私をして、「一番雰囲気がありましたよ。」と言っていただいた。
もう、儲からなくてもそれでいいや、なんて柄にもなく思ってしまった。
そして、久しぶりの再会のようなそうでないような再会に、彼とやわらかくやさしく
かっこいい握手をして別れた。

私にもそういった再会が時々、そしてたびたび起こるのだから不思議だ。
つまりは、世界は狭いということなのでしょうな。

そして今日も私は、古モノをあっちやこっちへ、出し入れし、動かすのです。







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by onsa-brother | 2017-04-03 20:42 | ・雑記

無題

お前がいけ、
行ってこい。

わっかりました、
分かりました。

あぁ、こわいいけど、怖いけど。





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by onsa-brother | 2017-03-31 00:22 | ・雑記

あたらしい門出

春になって、環境が変わるタイミングで、
うちにも、新しく家具を探されるお客様が
ちらほらと来店されます。

今日も、松山から大阪へ転居が決まったというご家族がいらっしゃいました。
うちのようなちんけな店でも、気に入ってくれておったとのこと。

ちいさな縁ではありましたが、大事なものであったなと思わずにはおられません。
そのような方々との出会い、交流があるからこそ、いまのこの商いの面白さがあると言えます。
同時に、関われた皆さんがよりよくあってくれると、わたしもその力を分けていただいている
気がしますし、楽しい気持ちになっていただくべくお返しをせねばとも思うのです。

あたらしい暮らしに向けて、どうぞ豊かで幸せなものとなりますよう。
またいつか、お会いしましょう。









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by onsa-brother | 2017-03-26 18:07 | ・雑記

下戸の花粉症

今日、店番しながら合間を縫って店先の庭にある
少なくとも樹齢80年以上のカシノキの剪定をしていたら、
花粉症の症状悪化、眼と喉は痒くって痒くって、
くしゃみがえんどれす。

剪定作業を終えて閉店後暗くなってから、これは酒でもかっくらって中和せんければならんと、
ビール飲みながらごぞごぞと店内で仕事をしておったら、症状は更に悪化、うくく。

花粉症の皆さま、どうぞご自愛ください。

わたしは仕方がないので、とりかかったものの暗くなってしまい、
途中で中断した松の木の剪定により松ヤニでべたべたになった作業着のまま、
もう少しやけくそで、いただくことといたします。
服の隙間に入り込んだ松葉が取り除けず、これも痒いぞ。







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by onsa-brother | 2017-03-13 19:59 | ・雑記

3月11日、6年

ここ何日間か、気持ちが落ち着かず、沈みがちであったのは、
今日という日が近かったからなのかと、
こじつけるように、思ったりする。
6年が経ち、わたしのトラウマは、薄らいでいる気がする。
同時に失くしてはならん感情があるとも思う。
例えば、緊急の際に噴出する自我や、エゴの、
ドロドロとした感情の怖さだ。
生命力に乏しいわたしなぞは、そういったものに、
本当に直面したならば、ひとたまりもないのだと思う。
それは、実は、日常の生活の中にも、際立っては分からないだけであって、
見え隠れする事象であったりするのだ。

祝い事やめでたいことの記念日だけでなく、
悲しく、悲惨で、惨憺たる日のことも毎年思い出す、
ということが、
そして、
その時の自身の有様を振り返る、
ということが、
ひとにやさしくなる為の、ひとつの方法であるかもしれないと思う。

記憶が薄れつつも、今年も3月11日がやってきた。
忘れぬように自分なりに記していこうと思う。




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by onsa-brother | 2017-03-11 20:10 | ・雑記

春はまだかいな

もう少し暖かくならんかいな、寒くて寒くて、たまらん。
おまけに、眼は痒いわ、くしゃみは止まらんわ。
踏んだり蹴ったり、叩いたり投げたり。
体調も精神も、あまり良くはないのです。
でもしかし、無理からに、はははと、笑い飛ばしていきまっせ。

では、またあした。
新しく美しい明日の朝を。






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by onsa-brother | 2017-03-09 21:09 | ・雑記

思いつきと画策の日々

思いつきだけの、さまざまなことを妄想しています。
大したことじゃあ、ありはしません。
どれかひとつでも形になって、おもしろおかしい感じになればいいかな、
なんて思っています。

少しずつ、やれることから提示してまいります。






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by onsa-brother | 2017-03-08 21:50 | ・雑記

感応装置

わたしは、普段はなんてことないちんけな存在で。
自身のみのうえにおいては、どうってことない。

ところが
他者の、
強い自我によるひとりよがりに、むむむとなったり、
深い悲しみに、おどおどとなったりする。

それに対して、何をするという訳でも、
何ができるという訳でもない。
心の中で、
バカヤロウと、小さくひとりごちたり、
あわあわとなるのみだ。
それを思うと、
わたしは、
何の役にも立たぬ、
単なる感応装置なのかな、と思う。

欲しいものは特になく、
やりたいこともさほどなく、
世界の様相にはなんだか変に敏感且つ鈍感で、
それらに対応する術も知らず、
強い訳でもなく、力を持っている訳でもなく、
気にしていると言えば、そうで、
無関心であると言えば、そうだ。

だからこそ、無理矢理に自身に向けて、
奮い立たせているという節は、
まぁ、なくもない。

それでも、いいのだ。
わたしの小さい目を、さらに細めて、
どうでもよい地平線を、
まあいいか、と思いながら、
フラットにその地平を見ようというのが、
わたしの、感応装置としての、
特性なのだから。







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by onsa-brother | 2017-03-06 19:43 | ・雑記