古もの家具や器、小物などを扱う古道具屋です。近況、最新情報をお知らせします。


by onsa-brother

福島と今治

今日、少し前に結婚した友人が奥さんを連れて店を訪れてくれた。
友人と言っても私よりも随分と若くって、知り合ってから4年程しか経っておらぬ。
密な関係性があるという訳ではないが(ジェネレーションギャップというもんがあるんでね、
おじさんのわたくし、ついついくどくどと説教がましく、したり顔になる自分が容易に想像でき、
それがはばかられて、遠慮がちの距離感を推し量りながらの友人関係。)、
事ある毎の交流が印象深い存在だ。
そんな彼が、すらっとして美しい女性を連れ合いとしたのだから、なんとも羨ましい。
奥さんとは、出席した手作りで素晴らしかった結婚披露パーティーで1度会っていて、
店には今日初めて来店頂いたものだ。
彼女、福島の女性で、それで真っ先に思い浮かぶのは、6年前の3月11日。
なにやら時事ネタのようになるので嫌なのだが、そのこととは全く関係ない。

彼らについ、東京に居てのその日とその頃の負に感じた出来事の話をしてしまい、
「東京でそんなだったのだから、福島でのそのトラウマたるやさぞ、・・・。」
などとつまらぬ言葉を発してしまった自身が、なんたる薄っぺらであったことかと自己嫌悪しているところだ。

「あの日以来、わたしも含めて深呼吸が出来なくなってしまったというひとが周りにも多くいました。」と彼女。
「でも悪いことばかりではないのです、あの出来事をきっかけに、それまで内向的であった私は、いまという時間の大切さを実感して、外に出ていくようになり、そして多くのそれまでではあり得なかったであろうひとたちとの交流、つながりを持つことができました。」
と言った。

彼女の最初の言葉は、東京で孤独を募らせたその時の私の感情が、誘導尋問のようにひっぱり出してしまった負の発言。
ふたつめのそれは、負もあれば正もあり、陰もあれば陽もある、悲しみもあればそれと同時に喜びもあるという表裏一体を表していて(水戸黄門の歌のように)、
小さなことにも暗い部分ばかりをみてしまう陰気な私を蹴散らかしてしまう、
大きな悲しみを抱えつつの、それでも前を見て生きようという正の言葉であるのだ。
彼女の笑顔はとても素敵で美しかった。
友人である旦那の笑顔も。
私の下卑た笑顔なぞとは全く逆のものだ。
明日も私は、同じ下卑た笑いを笑うのだろうが、今日のそれとは、少しだけ違っているような気がする。





[PR]
by onsa-brother | 2017-04-30 21:37 | ・雑記