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by onsa-brother

徒労のかず

数年前のメモを整理していたら、
“辺見庸 「物言うな、/かさねてきた徒労のかずをかぞえるな」-詩人 中村稔 「鵜原抄」”
と書きつけてあった。
“徒労を簡単に流せてしまう程の気持ちを私は持つことができない。”とも。
その当時のわたしは、仕事でとても忙しく、その割には成果を実感することがなく、疲れ果てていた。
そんなときに読んだ辺見庸の本の中にあった言葉とそれに対するわたしの反応の言葉だ。
それを読んで思ったものだ、(何かをやる前、やっている最中、やった後、徒労を意識したら、何もやる気が失せてしまう、徒労を思わずいたい、だけれど、徒労を思ってしまう。)と。

気になって、中村稔の 「鵜原抄」を、読んでみた。


鵜原抄

岩棚の上から絶壁がそば立ち
絶壁と絶壁との間に入江はひろがる。
海は藍よりもさらに青く、
いくつかの男女の群れはあそぶ。
ある者は遊泳し、ある者は
岩棚に背をのべて陽を浴びる。
時に叫喚がおこることはあっても
ついに言葉となることはない。
どうしてかれらを識別することができよう!
ひとたびこの海を去って
もの倦い日常の中にまぎれゆくとき……。
海は藍よりもさらに青く
時は物言わぬ果実のように熟れている。
――ああ誰もこんな恍惚たる時をもつ権利がある。

隧道をぬければ豁然と海はひらけ
汀は弧をえがいて岩礁につづく。
岩礁をこえ岬の台地に立ち
ふたたび隠顕する入江を臨む。
物言うな、
かさねてきた徒労のかずをかぞえるな、
肉眼が見わけうるよりもさらに
事物をして分明に在らしめるため。
海を入江にみちびく崖と崖の間に
鳶は静止し、静止して飛翔し
その影は群青の波に溺れる。
知らない、
同じ日、同じ時刻、同じ太陽が
かの猥雑な都会の上の空をわたる、と。

ふりしきる星明りの下、
沖に鳴る潮の音と
松の梢に鳴る風の音とがまざりあう
岬にきて、私たちふたり紅茶を喫す。
川沿いにつづく家並の灯も
岬の蔭の養魚場の灯も、もう消えた。
私たちは人々と訣れてきて、
人々は私たちをとうに忘れている。
海に白くかがやく波がしら、
きり立つ崖となっておちこむまで、
海にはりだしている小さな岬。
その岬にきて、私たちふたり紅茶を喫す、
行きもやらず戻りもやらず、どよめきかわす
潮の音と風の音とを聴きながら。

海と陸とのさかいを歩めば、
海は海で暮れなずみ、陸は陸で暮れなずむ。
海と陸とは岩礁の所属を争い、
そのあたり、遅い午後の陽差しは残る。
岩礁に湧きかえり、ふくれ、潰えさり、
またくりかえし湧きあがる水泡。
見かえれば暮れなずむ空の彼方に、
ただよう都会、いりくんだ秩序の網目。
わずかに決意をうながすものを感じ、
歩をはやめ、又埒もないことと知り、
岩礁のあたり
朱に噴きこぼれる余光を見る。
ああ、今日も水泡はひたすらに悔恨を噛む、
溺れるのか、溺れるのか――と。

中村 稔 『鵜原抄』抄


ついつい徒労のかずをかぞえる自分がいるが、かぞえないでいられる自分でいたいと思う。
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by onsa-brother | 2013-09-18 20:06 | ・雑記